第31回宮沢賢治研究発表会を、下記の要領で行います。
本研究会は、当センターとしても重要な行事の一つですが、今年は3年ぶりに、対面形式で開催できることになりました。
会員以外の方も参加できますので、宮沢賢治に関心のある多くの皆様のご出席を、お待ちしております。
なお、新型コロナウイルスの流行状況によっては、花巻市関連施設の使用ガイドラインにより入場制限を行う場合がございますので、ご了承下さい。
日時
2022年9月23日(金・祝) 午前10時~12時30分
会場
宮沢賢治イーハトーブ館 ホール
発表者と発表要旨 (五十音順に掲載しており、当日の発表順ではありません)
黄 毓倫
現代小説の中で奏でられる宮沢賢治 ──恩田陸『蜜蜂と遠雷』を例に──
『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎、2016)は、第156回直木賞と第14回本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の長編小説で、主要登場人物である四人の若きピアニストが国際ピアノコンクールに挑み、葛藤しながら成長していく過程を描いた青春群像劇であり、「音楽小説」でもある。作中、第二次予選の課題曲の一つに、「春と修羅」というタイトルの曲が指定されている。他の課題曲は既存のクラシック音楽であるのに対し、「春と修羅」は唯一、架空の曲となっている。「宮沢賢治はすごく音楽的な作家だと思ったので、作中で使」ったという作者自身の言葉があるが、『蜜蜂と遠雷』における「音楽」の描かれ方は、賢治の音楽に対する認識を反映していると思われる。本発表では、『蜜蜂と遠雷』における「春と修羅」が演奏される場面の描写を中心に、同作がどのように賢治作品に現れる「音楽」と共鳴し合っているかを探り、賢治作品の魅力を、現代小説の中に新たに発見することを試みる。
齋藤 雅典
自筆教材絵図における土壌微生物に関わる図:羅須地人協会で「菌根」の講義をしたのだろうか
宮沢賢治が羅須地人協会での農家向け講義のために作成した教材絵図が49枚残されている。それらの中には、土壌・栽培関連の図表とともに、植物の組織、細胞、微生物などの精密な図がある。本報告では、土壌微生物に関わる3枚の絵図に注目した。これらは、1) 硝化菌などの代表的な土壌微生物、2) マメ科の根に共生する根粒菌、そして、3) 寄生根と2種類の菌根の図である。賢治が参考にした可能性のある盛岡高等農林所蔵の関係書籍を調査し、これらの絵図の参考となった資料を探った。1) 2) については参考とした書籍・図版を推定することができたが、3) については調査対象書籍から参考にしたと思われる図版を見つけられなかった。「菌根」とは植物根に菌類が共生している状態を示す生物学の専門用語であるが、「菌根」に関わる科学的知見がきわめて限られていた当時、賢治が「菌根」を教材として選んだ理由について考察する。
増田 栞里
ザネリという存在への再検討
本発表は「銀河鉄道の夜」に登場するザネリという存在に対して、物語の深層部における役割について検討するものである。
従来のザネリに対する評価は、ザネリを快く思っていないジョバンニからの印象に基づいている。他方でザネリの言動だけに注目すれば、ザネリからジョバンニに対する直接的な悪意は感じられない。加えて物語自体がジョバンニの視点で書かれているという前提を考慮すると、鳥捕りやかおる子らに対して疑心や苛立ちといった負の感情を抱くジョバンニを純粋な善の側に立つかわいそうな子として捉えて、ザネリを一方的に悪意あるいじめっ子と評価することにいささか疑問が残る。
この悪意なく悪意ある存在と誤認される様が、法華経の常不軽菩薩を彷彿とさせる。常不軽菩薩が「我不敢輕慢汝等」と呼びかけてさとりに導いたのと同じように、ザネリは「ラッコの上着が来るよ」と呼びかけてジョバンニを導く存在なのではないかと思われる。
山口 登
宮澤賢治とSTEAM教育 ~永訣の朝の新しい解釈可能性を求めて
現在教育界ではSTEAM教育が推進されているが、賢治文学はサイエンス(S)とアート(A)が融合した希有な文学として高校生に学ばせる価値がある。
高校国語教材の定番である「永訣の朝」に描かれた蒼鉛(ビスマス)という金属は現在最先端の科学技術で注目を浴びる金属である。私の考えでは、この詩にはビスマスの性質が至るところに表現されており、主題にも大きく関与している。これを理解するためには、ビスマスという非常に面白い性質を持つ金属について学ぶ必要がある。その上で、金属材料に対する興味を喚起し得るビスマスという金属を後期中等教育の現場で高校生が学ぶことの価値を示したい。
詩教材は受験に関係ないものとして敬遠される傾向にあるが、これからの日本の教育を考える上で、このような性格を持つ賢治の詩、並びにSTEAMの先駆者である賢治の存在を高校生が学ぶことの価値を主張したい。